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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2308号 判決

控訴人 長島巳之助

被控訴人 日本国有鉄道

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金十五万円及びこれに対する昭和二十六年三月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十六年三月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに〈立証省略〉ほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるので、こゝにこれを引用する。

理由

(一)  訴外長島庄一が昭和二十六年二月十四日午後五時三十分頃東京都大田区東蒲田四丁目三十六番地先の日本国有鉄道(以下国鉄という)の通称「八幡踏切」を自動三輪車を運転して、右踏切の山側(東側)から海側(西側)に横断しようとした際、折柄国鉄蒲田駅方面から疾走して来た下り湘南電車(列車番号八三一丁運転士奥谷稔弘前部車掌田上亦男後部車掌川村栄一)の前部と右自動三輪車の後部とが衝突し、右訴外人が右自動三輪車と共に跳ね飛ばされて重傷を負い、蒲田病院などで約十五日間治療を受けたが、同年三月二日右傷害に因り右病院で死亡するに至つたことは、当事者間に争のないところである。

(二)  控訴人は、右事故は被控訴人及びその被用者である運転士奥谷稔弘の過失に因るものであると主張するので、先ず右運転士の過失の有無につき判断する。成立に争のない乙第四号証の一、二と原審並びに当審における証人池田一、原審証人鈴木哲次同奥谷稔弘同川村栄一、当審における証人宮本三郎の各証言と当審における検証の結果を綜合すると、

(1)  右踏切を山側から海側に通ずる道路は、幅員約四米にして、西北の方向から国鉄の軌道に斜に入り込み直角に交叉して海側東南に斜に向つて居り、右軌道は四条よりなり、下り湘南電車はその最も海側(東側)の一条を南進するものであり、右踏切は約二十米なること。

(2)  右事故の当時右軌道の両側はともに人家、建物など疎らで、右軌道の山側においては、右踏切前から架線の鉄塔に妨げられるとはいえなお相当遠く蒲田駅方向より進行し来る電車を見通すことが出来、また軌道は蒲田駅方面より一直線に南下していること。

(3)  右事故の当日は夕刻から降雪があり、北風が強く吹雪となり、午後五時三十分頃にはすでに十糎ないし十五糎の積雪があり、加うるに夕闇も迫つていて視野は相当減じていたこと。

(4)  右踏切の北方(蒲田駅方面)四百十米には警手並びに遮断機の存する「雑色踏切」があり、その間約二百米の点にこれらの設備のない踏切があり、また南方約六十米の地点に踏切があり、この踏切には前記事故の後遮断機が設置されるに至つたこと。

を認めることが出来る。而して、成立に争のない乙第四号証の二、原審証人吉田光康の証言により成立を認め得る乙第一号証の一、二、三と原審証人奥谷稔弘同川村栄一の各証言を綜合すれば、

(5)  奥谷稔弘は、東京駅十六時五十一分発沼津行八三一丁十五輛連結湘南電車を運転し軌道の最も海側の一条を南下して来たが、かねてより前記「八幡踏切」の事情を知つていたので、その踏切の北方約三百米の地点において警笛を長緩二回鳴し右踏切の北方約五十米に迫つた際、踏切中央より稍山側(西側)に寄つた踏切上を海側(東側)に向つて進行中の自動三輪車を発見したので、非常汽笛を吹鳴し同時に急制動の措置をとつたが、及ばずして右自動三輪車の後部に、右電車の前部左側にある車体吊りを接触せしめ、自動三輪車を約三米その運転手を八、九米跳ね飛ばし約三百米先で停車するに至つたこと。

(6)  右電車は品川駅を十七分おくれて発車していたので、奥谷稔弘はこれを取り戻すため、通常右踏切附近は時速八十五粁で運転するのを時速約九十粁で運転したこと及び右事故当時奥谷稔弘は右電車のヘツドライトを点じていたが照射距離は約五十米であり、当時夕闇と吹雪にてその視野もこれを多く出なかつたこと。

を認めることが出来、当審並びに原審における証人池田一の各証言及び控訴人の本人尋問の結果中右認定と牴触する部分は前記証拠に照し措借し難い。

以上認定の事実に照せば、当時奥谷稔弘が前記踏切前五十米より以前において自動三輪車を発見し警笛を吹鳴し非常制動の措置をとれば、或は前記事故を発生するに至らしめなかつたであろうことは推認し得ないわけではないが、同人の視野の範囲が前認定の如くである以上かゝる措置に出でなかつたとしても、これをもつて同人が注意義務を怠つたものとなすに由なく、また専用軌道においては踏切前相当の距離より踏切通過まで常に警笛を吹鳴すべき義務あるものとは言えないので、前認定の如く警笛を吹鳴した以上通常の場合においては電車の進行を通行人に知らしめ得ると考えられるので、これをもつて警笛吹鳴の義務を怠つたものとなすに由なく、更に専用軌道においては、踏切通過の際何時にても停車して事故の発生を未然に防ぎ得るよう速力を減ずべき義務あるものとは言えないこと明らかであるので、奥谷稔弘が前記認定の如く通常の速力よりやゝ速い九十粁の時速で運転したとしてもこれをもつて同人の過失となすに由なく、その他いずれの点においても同人の過失を認めるに由なく、むしろ前記事故は前記長島庄一において電車の進行を全く気ずかなかつた点に存するものというほかない。

(三)  次に、右事故につき被控訴人の過失の有無を判断するに、前記認定の事実に照らせば、被控訴人が右踏切に遮断機を設け警手をおいて電車の進行の都度これを閉鎖して通行を遮断する措置をとつていたとすれば、右事故の発生しなかつたことは見易きところというべきも、凡そ専用軌道を使用して高速度交通機関を経営するものは、その公道と交叉する踏切においては交通の危険を防止すべき相当の処置をとるべき義務ありと雖他方踏切を横断する一般通行人もこれらの公共の施設をしてその効用を発揮せしめるため電車などの進行に注意し交通の危険を減少すべき義務あるものというべきを以て、かゝる経営者が遮断機を設け警手をおいて終日監視に当らせなかつたとて、直に前記義務に違背するものとはなし得ず、踏切に如何なる保安施設をなすべきかは、その踏切の地形的状況交通量保安施設設置に要する費用など一般通行人の注意義務と比較考量して決するほかないものである。前記踏切の状況につき更に案ずるに、当審における証人宮本三郎の証言原審における証人吉田光康の証言同証言により成立を認め得る乙第二号証と当審における検証の結果によれば、

(1)  前記踏切においては、公道と軌道とは前認定の如く交叉し、架線を支える鉄塔が多くて公道から軌道の見通しは必ずしも容易でなく、また附近には京浜急行電車が通り且つ前認定の如く踏切多く、また警笛騒音多くて、右踏切(約二十米)を通過するための警笛が常に必ずしも明瞭でないこと。

(2)  右公道は幅員約四米にして自動車の通行もでき、当時においては一日児童約六十一名その他の人約二百七十三名自転車その他約百四十が通行して居り、右軌道は四条にして電車、列車の通行多く、当時においては一日約六百七回通行していたこと。

(3)  前記踏切においては、年一、二回の事故があり、附近の住民において保安施設の設置などの希望のあつたこと。

を認めることができる。かような状況の踏切においては、電車列車の通行のひんぱんなこと、踏切の長さが二十米であること警笛の不明であることもありうることなどから自然事故発生の機会も多いものと認められるので、その経営者が、電車などの運転士の警笛吹鳴と通行人の不断の注意にまつのみでは事故防止の処置をつくしたものとは言い難く、更に電車などの進行の都度これを適確に通行人に警告するような適当な措置をとるべき義務あるものと言うほかなく、前記踏切にかような施設のないことは本件当事者間に争がないので、被控訴人はこの点の義務を怠つたものと判断するほかない。被控訴人は踏切の保安設備は日本国有鉄道建設規程によるべきものと主張し、当審証人景山文蔵の証言及び同証言により成立を認め得る乙第五号証によれば、国鉄運転総局長の通牒により保安施設標準が定められ右踏切の交通量などが右標準に達していないことが認められ、また当裁判所において真正に成立したものと認める乙第八号証の一、二によれば、運輸省鉄道監督局長建設省道路局長の通達により、軌道の踏切道保安設備設置標準が定められ、右踏切がこの標準に達していないことを認めることが出来るが、前に示したような諸般の状況を考慮することなく、この通達を形式どおり墨守することが果して妥当な措置がどうか疑問があるのみならずこれらの定めは監督上の定めに過ぎないのであつて、これを以て経営者の法律上の注意義務の限度を定めたものとは到底解せられないので、これらは前記判断を左右するに足らないものである。

(四)  然らば、被控訴人は前記事故の発生につき過失あるものにして、これにより死亡した前記長島庄一の父であること成立に争のない甲第五号証の一、二に照し明である控訴人に対し損害賠償の責任あるものというべく、控訴人主張の慰藉料の数額につき案ずるに、右甲第五号証の一、二と当審並びに原審における控訴人の本人尋問の結果によれば「控訴人は七十余歳の老令にして前記庄一のほか男子なく、庄一の妻、その子三人と妻の七人家族にして、庄一が自動車運転手をして一ケ月約一万八千円の収入があり、冬期は庄一と共にのりの採取をなし約二十万の収入があつて、これらを以て生計を賄つて来たところ、庄一死亡後は老令のため控訴人のみにてはのりの採取も困難となり更に庄一の妻は子供一人を連れてその実家に復籍し、控訴人において他の二児を世話するに至つたことが認められ、更に前認定の事実に照せば、前記長島庄一において電車の進行に注意すれば前記事故を未然に防止することが出来たものと認められるので(当審並に原審における控訴人の本人尋問の結果中にはこれと異る供述があるが、前記証拠と対照するときはたやすく措信し難い)、これらの事情を参酌するときは、控訴人の精神的損害を償うべき慰藉料は金十五万円を相当と考えられるのである。被控訴人は前記長島庄一の妻が労働者災害補償保険法に基ずいて給付を受けたことを以て右慰藉料より控除すべきものと主張するが同法にいう遺族補償費は死亡者の損害を補償するものと解せられるので、この者の父母配偶者子に対する損害賠償責任については採用することが出来ない。然らば、被控訴人は控訴人に対し金十五万円及びこれに対する損害発生の翌日である昭和二十六年三月三日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払の義務のあることが明らかであるので、控訴人の請求中右範囲の請求はこれを正当として認容し、その余は理由なしとして棄却すべきものである。

よつて、原判決を取消し、右範囲の請求を認容しその余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

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